The first symptom of true love in man is timidity, in a girl it is boldness.
(真の恋の兆候は、男においては臆病さに、女は大胆さにある。)


 ほんの少し。瞬きするような短い口づけ。
 間近にお互いの顔があるのに、本当に今この唇が触れ合っていたのかな?と考えてしまう。いつだって唇に残る微かな痺れだけが現実味を帯びていて、そこからぼんやりと信じることができた。
 特異体質の天童先生と口づけを交わすと、お互いの唇に僅かな電撃が走る。最初はびっくりしたけれど、今はその痺れも愛しい。
 それでも、天童先生はお互いの吐息が重なって生まれるパルスの衝撃に、時おり悲しい顔をする。
 長い睫毛が物憂げな影を落とす頬に、そっと手を伸ばす。小さな痺れに指は震えたけれど、すぐに消えた。

「天童先生」
「……こういうときは、瑠璃弥さんと呼んでいただきたいものです」

 どこかおかしそうに微笑む天童先生。同じように、大きな手のひらが私の頬に触れそうになって、ためらうように動きを止めた。――頬に落ちる影が、また色濃くなる。
 いつまで経ってもその手は私に触れないから、私は思い切って天童先生の胸元に頭を預けた。パシンと小さな電流が弾ける。おなじみになった痺れの甘さに、口角がくっと持ち上がる。

「痛いでしょう?」
「痛いというよりは、くすぐったいです」
「意地を張るものではありませんよ」
「だって本当ですから」

 小さな痺れを求めて、そっと頬をすり寄せる。予想通りに走るプラズマが嬉しい。頬が自然と緩む私を眺めて、天童先生は少し困った顔をした。
 電気が走って痛むのは、私だけじゃない。発している天童先生本人の方が痛むのだ。いまさら心配になり、天童先生から少し離れてその顔を覗き込んだ。

「天童先生は大丈夫ですか?」
「私は長い付き合いですからね」
「……本当に?」
「本当ですよ」

 じっと疑い深く見つめる私がおかしかったのか、天童先生は笑いながら私を引き寄せた。先ほどまでより大きな痺れが腕を伝う。びっくりして体が震えたけれど、私はそのまま天童先生の胸へ飛び込んだ。勢いあまって、天童先生を下敷きに転がってしまう。
 グレーのカーペットの上に、天童先生のやわらかい栗毛が広がる。毛先から生まれる粒子の破片が、きらきらと彼を取り巻いて光っていて綺麗だった。

「真奈美は不思議な人ですね」
「どうしたんです?突然」
「いつも思っていることですよ」

 そっと頬に手が伸ばされる。今度はためらうことなく、きちんと触れた。ぱりぱりと音を立て、恋心の欠片が弾けて伝う。

「痛みは痛みでしょう。それを享受できるあなたが不思議です」
「そこだけ聞くと私が変態みたいですね……」
「世の中には星の数だけ性癖の違う人々がありますから」
「怒りますよ!」
「冗談です」

 ますます楽しそうに破顔する天童先生を見て、少しだけ安堵した。天童先生の悲しげな様子を見ると、私も淋しくなってしまうから。
 カーペットの上で無造作に転がる天童先生の手へ、そっと自分の手を重ねる。ぱちぱちと音を立てて弾ける恋心が、甘い痺れを生み出した。
 指を絡めて遊ばせながら、私はそっと考える。どうしたらこの人の胸にかかる霧を、晴らしてあげられるのだろう。

「天童先生」
「何ですか?真奈美」
「私、天童先生に触れるの好きなんです」
「……痛いのに?」
「痛くても」

 天童先生に預けていた体を起こす。ねっころがったままの天童先生は、長い睫毛に縁取られたまぶたを、不思議そうにぱちぱちと瞬いている。
 頬に手を伸ばせば、わかりきった衝撃。まるで天童先生の鼓動をあらわすように、大きくぱちんと弾ける。

「触れれば触れただけ、好きって言われた気がするんです」

 天童先生からとめどなく走る電気は、恋心の発露だという。不思議なことだけれど、それは私にとって嬉しくて素敵なことだ。
 触れれば幸せになるこの気持ちは、こうして触れることでしかありのままを伝えられない。……私にもなにか、言葉より雄弁に気持ちを告げる力があればよかったといえば、天童先生は怒るだろうか。
 恐る恐る、伺うように見上げて、頬を撫でながら尋ねてみる。

「だから天童先生、触れていてもいいですか?」

 私の問いに、天童先生はのどを鳴らして少し笑った。答えるずに、私のことを引き寄せる。甘い痺れはすぐに襲ってきて、間近にある天童先生の顔がいたずら心に彩られた。

「どうせ触れるなら、こちらにしてください」

 囁きの末は、吐息でかき消される。触れあった唇は、さっきよりもずっと長く長く重なった。痺れの余韻もかき消えて、ただお互いの唇が触れ合う感触だけが残るような、そんな口付けだった。